第19回坊っちゃん文学賞受賞作品感想会

目次

『メトロポリスの卵』
 作:石原三日月さん

千吉

空に巨大な卵が浮かんでいる。そこから都市が産み落とされるというビジュアルイメージが、凄い発想だなって思いました。
石原さんの作品は去年も一昨年も「何でこうなっているのか」という説明がほとんどないままに、とにかく特殊な状況に読者を巻き込んでいくのが上手いなあと思っていたのですが、今回もインパクトがありました。
この卵から都市が生まれ落ちて来るというのが、地上にいる人間にとっては非常に無慈悲な事で、不動産屋が押し寄せてくるのも含めて、デストピアSF感があります。それに対して、この鶏のドリーというキャラが面白くて、全体を明るい物語にしていると思いました。
あと、ラストの廃墟の残骸の小屋で卵を食べるシーンが凄く詩的で、ここで主人公たちが余生を過ごす、つまり静かに終わりに向かっていく情景が美しく感じられました。

塚田

これ読んだ人みんな思うだろうけど、ドリーがいいですよね。

蜂賀

めっちゃわかります!(笑) ドリー推しです!

塚田

ドリーの役割もいいし、可愛らしいですよね。「理解しがたい」ってセリフも面白い。あと、この話もリアリティがありますね。老夫婦が余生を静かに過ごしたいと思っていたら急に隣にイオンモールが建ったみたいな感じ?(笑)

にゃおっく

そうですね(笑)

塚田

感情的な部分でリアリティがあります。
にゃおっくさんはどうですか?

にゃおっく

僕が思うにこの作品はSFです。坊っちゃん文学賞にSF作品が入ってきたのが、まず感動でしたね。そして僕自身SFが好きなので、この作品を通して色んな人がSFを受け入れているってところも嬉しいですね。
物語の着想、展開もいいし、道化役のドリーも面白い。
石原三日月さんの今までの作品って家の話が多くないですか?(第17回佳作『家の家出』、第18回佳作『どっちつかズ』)

塚田

住宅作家だ!

にゃおっく

今回の『メトロポリスの卵』は住宅作品の集大成みたいな感じでしたね。
蜂賀さんはどうでしたか?

蜂賀

メトロポリスの卵、めっちゃ好きでした。
ドリーの解像度が高くて、すごく魅力的でした。物語のスケールは大きいんですが、物語のテーマ自体は自分たちにとって身近なもののように感じました。
今ってAIの進化とかもすごいじゃないですか。日々自分なんかじゃ想像もできないような技術が開発されていってる。そんな今の時代でも、最先端の技術よりも静かな生活を求める人は今もいると思うんです。でもそれって決して悪いことじゃなくて、そういう人もいていいと思うんです。
そのような部分を石原さんが意図して物語を作ったわけじゃないかもしれないけれど、どこか社会風刺的な一面も感じます。科学といきものが融合したような存在のドリーからぬくもりを感じられるのが、この作品の一番好きなところかも。

にゃおっく

文明との距離感というものもテーマにあるかもしれませんね。

『野次馬スター』
 作:中乃森豊さん

千吉

野次馬という言葉から、実際に野次馬に乗ってレースをする発想が面白かったです。この馬の描写が非常に力強い。
野次馬というのは、決してポジティブなだけの要素では無くて、事故や事件を無責任に見物するという側面があります。読んでいてそういうモヤモヤをどうするのかという感覚がずっとあったのですが、クライマックスでその野次馬性を打ち砕く活躍があって、非常に爽快感があって良かったです。
ラストの宇宙に行く飛躍もカッコいいです。
あと敵役の間宮さんが印象深いです。ずっとイキっているけど、退場シーンが妙に可愛くなっているのが良かったです。

蜂賀

野次馬スター、面白くて笑えました。
「これが……私の野次馬?」って(笑)

塚田

コミカルな魅力で言えば今回ダントツでしたね。

蜂賀

『父の化石頭』(第18回佳作)もユニークでしたもんね。
千吉さんも言ってましたが、「野次馬」って一瞬マイナスなイメージが先行する言葉なんですよね。ラストには好奇心と知識を追い求めていく素敵な情熱…のようなイメージに変えられていました。それは物語のなかで主人公が野次馬根性を昇華させていったからで、そして物語が進むなかで自分(読者)の価値観も塗り替えられていくような感覚がありました。あらためて小説の力というものを感じましたね。

塚田

野次馬は暇な人がしてる、そんな悪いイメージをプラスに変えたのはすごい。

蜂賀

読者が物語を通してプラスな影響をもらえますよね。あと、この作品も馬の描写が丁寧で好き。今回の受賞作品はたくさん動物に癒されます(笑)

塚田

「これは質のいい野次馬が現場に集まるかもしれない」って言葉だけでも面白いもん(笑)

にゃおっく

アイディアも言葉も面白い。この作品、きっと短く書いても長く書いても面白いです。1万字くらいで読みたいなぁ、とも思いました。無理な設定や多少強引なところもあるんだけれど、それでも強引に読まされちゃう魅力がありました。

塚田

それもショートショートであるからこそできる技なのかも。ショートショートだから無理な設定や現象が受け入れられる部分ってあると思う。

蜂賀

ショートショートのおもしろいところですよね。

塚田

それと、馬の知識って知らない人も多いかと思うんですが、専門的な部分を読み飛ばしても面白く仕上がってると思う。

にゃおっく

ジャイアントキリン群も似たような部分がありますね。常識と非常識をミックスする技術に圧倒されました。

蜂賀

勢いがあって面白かったです!

第19回坊っちゃん文学賞について

蜂賀

お待たせしました。特別ゲストの椿あやかさんにご感想をいただきたいと思います。

椿

こんばんは。私は色々偉そうに言える立場ではないのですが……。

蜂賀

いやいやいや…前回の大賞じゃないですか!

塚田

一番偉そうにしていいでしょ(笑)

椿

まず、坊っちゃん文学賞は毎年レベルが上がっていくような感じがあります。特に今年は尋常じゃなかったと思いました。審査時間が朝か夜かだとか、審査員がひとり違うとか、それだけでも大賞受賞者は変わったんじゃないでしょうか。どれもすごい作品でした。
 
どの作品も作者さんの色が出ていて、世界観、余韻が素晴らしかったです、一回読んで終わりじゃなくて、二回三回読んで楽しめるものでした。こうやって(感想会)読者が集まってああでもないこうでもないと言えるのっていいですね。
 
私の偏った見方かもしれませんが……。最近ショートショートで言えば何分後にどんでん返し、とかが流行ってますよね。

蜂賀

流行ってますね!

椿

やっぱりそこで求められるのって余韻とかよりも、最後にひっくり返るオチだったり、キレのいいどんでん返しなんですよね。もちろん、それが悪いという意味ではありません。
ただ、田丸先生が常に仰ってる“アイディアがあって、それを活かした印象的な結末のある物語”っていうのが坊っちゃん文学賞の肝なのかな、と思っていました。
それを、見事皆さんが書かれていて、新しいショートショートの系譜が出来上がってきているのかな、と感じました。

蜂賀

ありがとうございます。言いにくいかもしれないのですが、受賞作品のなかで気になることはありますか?

椿

『メトロポリスの卵』のドリーちゃんの名前です。雌鶏だからドリーなのか、それとも世界初のクローン羊のドリーからとっているのか気になりました。

蜂賀

そんなこと想像もしてなかった()

石原さんから回答をもらえました(笑)
蜂賀

塚田さんは次に坊っちゃんに出すならどんな作品がいいと思いますか?

塚田

そうですねぇ……面白いアイディアと、あとダジャレ?笑
これはウケそうな感じがします。
去年の月光キネマは、坊っちゃんとしては異色かな、と個人的には思っています。

にゃおっく

椿さんは「系譜」という言葉を先ほど使われていましたが、僕は「分岐点」を作ったように感じましたね。「どっちにしてもいいんだよ」ていう、自由になったというか。田丸式メソッドでもない、どんでん返しでもない、なにを書いてもいい。坊っちゃん文学賞はこれからもっと自由な文学賞になっていくのではないでしょうか。

千吉

私は今回の受賞作を読んで、ショートショートにキャラクターの面白さが出てきているなと思いました。『ジャイアントキリン群』の木元君もそうですけど、『噓つきは透明のはじまり』のお婆さんや医者、『メトロポリスの卵』の鶏のドリー、『野次馬スター』の間宮さんと、それぞれに個性的なキャラクターが出ていて、印象に残りました。
 
ショートショートというと、星新一の頃の登場人物には匿名性がある様に感じていたのですが、今回はまた新しい可能性が拓けたように感じました。
 
それと、ラストの一文、あるいは数行が、どの作品も凄く決まっていると思いました。
田丸先生が『ジャイアントキリン群』で、「熱い涙がにじんだラストでした」と言ってらっしゃいましたが、他にも『空色ネイル』の「右手で描いたからだよ、とは言えなかった。」『幻島』の「おーい、おーい、と風が鳴る。僕を呼ぶ。/僕は、声のする方へ歩き出した。」『嘘つきは透明のはじまり』の「ちょきん」。他の作品も、ラスト数行で盛り上げにターボがかかったり、遠くへ飛ばしたり、すっと落としたりして、どれも見事だったと思いました。これが、それぞれの作品の読後感の良さに繋がっていると感じました。

蜂賀

その作家さんにしか書けないんだろうなって思えるショートショートが多かったですね。ショートショートでなにができるのか? どこまでできるのか? ということを問われているような気もしました。“文学への入り口”と謳っている文学賞ですが、求められているものや可能性はとても難易度の高いもののようにも感じます。

感想会参加者の方からの感想

感想会スペースに参加してくださった石嶋ユウさんからも感想をいただいたので、こちらでご紹介させていただきます!
石嶋さん、ありがとうございます!

石嶋

『ジャイアントキリン群』
スポーツものに少し不思議な状況を組み合わせることで、ここまで新しい世界観にできるのかと驚きました。主人公を取り巻くチームメイトの木元や、かつて戦った優勝候補だった高校のエースなど、キャラクター造形がいい具合で魅力的でした。話に引き込まれ、ラスト、主人公たちの成長を見届けて姿を消したキリンたちのところで、感動していました。話の緩急が上手く熱い展開の作品でした。
 
『嘘つきは透明のはじまり』
嘘をついたことで本当にあり得たかもしれない世界が発生し、その世界に自分を置いてきてしまうことが夫を透明にしているというSF的な理屈づけ、設定がなるほどと唸らされました。また、この一件が原因で‘私’と夫の夫婦関係に変化が起きようとしているというのところも良かったです。ラスト、お隣さんのセリフが二人の夫婦関係のその後を暗示している気がしたのは私だけでしょうか? バランスのとれた作品でした。
 
『空色ネイル』
葵の家にやってきたネイリストのジン。彼は葵に空色のネイルを施すが、そのネイルは実際の空模様とリンクしていた。なぜ、実際の空と葵のネイルがリンクしていたのか? 兄の先輩であるネイリストのジンが何者だったのか? それは全て「「霞のような人」が不思議な何かをした」で説明をつけ、むしろ後半で出てくるマリと葵の友情を描くことに注力していた作品だったように思います。自らネイルに手を加えることで星空を描いた葵。かなりロマンチックな展開でした。あの二人の未来に良いことがあることを願います。
 
『幻島』
実はケン坊たちの方が死者の世界で、幻で、海の向こうの方が生者の世界で、現実だったという衝撃の展開に驚きました。ラスト、じいちゃんの声を聞いたケン坊は自ら海に飛び込んでしまったのでしょうか? それこそ、自ら幻になろうとしたのでしょうか? 頭の中でケン坊は幻(死者)になりたがっている少年なのではないかと勝手に考えてしまいました。ホラーチックで生死や現実と幻について考えさせられる作品でした。
 
『メトロポリスの卵』
卵が街や先端技術を作り、人々はそれを享受してただ生活をするだけというある意味、人が生きるための向上心と自由さを捨てたような世界で、自分たちの暮らしのために運命に立ち向かう二人と鶏のドリーがカッコよかったです。まさか、あえてメトロポリスが生まれるのを待って、卵から生まれたサウナ型タイムマシンでメトロポリスが朽ち果てた百年後の世界に移住するとは思いもしませんでした。最後の「運命との戦い」を含め、ロックな作品でした。
 
『野次馬スター』
野次馬というワード一つからここまで面白い作品ができるとはという感じです。さらにいかに早く現場に駆けつけられるかを競う野次馬レースまであるというのが面白いですね。野次馬に乗って火事現場の中へと駆けていく塔子さんが勇ましかったです。最後の塔子さんから生まれた野次馬が天馬となって銀河へと駆けて行ったというのもツボでした。楽しい作品でした。
 
以上、各作品へのコメントとなります。今回の坊っちゃん文学賞はSF的な世界観の作品が多かったように思います。SFを書く身としてはとても勉強になりました。長々となりましたが、とても楽しく読ませていただきました。受賞された皆様、おめでとうございます!

おわりに

今回も楽しく受賞作品を読ませていただきました。

今回の感想会では歴代の受賞者、坊っちゃん文学賞に応募した方々、たくさんの方々が聞きに来てくださいました。

はにぃくん

メンバーが豪華すぎてちょっと怖いくらいでした

それほどまでに坊っちゃん文学賞、そしてショートショートに皆さんの関心があるということなのでしょう。

あらためて、受賞おめでとうございました!

そして素敵な作品を世に出していただき、ありがとうございました。

受賞者さんたちのこれからの活躍が楽しみです!!

塚田浩司さん、にゃおっくさん、千吉さん、椿あやかさん、そしてショートショートを愛するすべての方々、ありがとうございました!!

編集:「坊っちゃん文学賞」書籍編集委員会
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