私とmonogatary.com~ひとりで小説を書き続けた、私の物語~
ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する物語投稿サイト「monogatary.com」。
今回は、そのmonogatary.comで活躍されている作家・緒川ゆいさんにエッセイを執筆していただきました。
小説を書き始めたきっかけ、monogatary.comで活動している理由、その思いとは――
小説を書くのは、ひとり。
ひとり。
小説を書き始めたころ、私にとって創作の世界は、私ひとりで構成された世界でした。
ひとりで作り、ひとりで完結する世界。
そこへ足を踏み入れたのは今から……いえ、何年前か言及することはやめましょう。実年齢がばれる(笑)
話を戻します。私が小説を書き始めたのは小学校4年生のとき、学校内の読書感想文コンクールで受賞したことがきっかけでした。
それまでは読書は好きではあったけれど自分で書きたいという欲などこれっぽっちもなかったし、そもそも文章を書くことが得意だとも思っていませんでした。
けれど、受賞をきっかけに「もしかして文章得意だったのかも?」と思うようになり、どうせ書くなら自分が読んでいて楽しいと思える物語を書いてみたいと考え、物語を書き始めました。
とはいえ、私はこれまで物語を書いたこともない素人小学生。しかも極度の人見知りです。書いた物語は誰にも読まれることはなく、勉強机の一番下の引き出しへ押し込まれ続け、何年間も着られないセーターのように机の肥やしとなり果てていました。
誰かに読まれることなどまるで想定していなかった私の物語が人の目に触れてしまったのは、それから何年も経ってからのこと。
読まれた相手は短大で同じ講義を取ってはいたけれど、名前も知らない女の子でした。
視力があまり良くない私は、常に最前列で講義を受けていました。その私に、名も知らぬ彼女は「ノート貸して」と言ってきたのです。 断ろうと思えば断れました。
ただそのときは魔が差したとでも言いましょうか。つい「いいよ」と言ってしまったのです。
ノート提出が単位取得の条件である講義だったし、困っているのだろうなあと思ったから。
しかし貸してしまってから私は気づきました。あのノートにはとんでもない機密情報が記されていることを。
そう! 私としたことが授業用のノートの一番後ろのページに、小説の下書きをびっしりと書き込んでしまっていたのです!
青ざめました。ドラえもんも真っ青なくらいに青ざめました。読まれないかもしれない。でも読まれたら……?
ノートに書いてあるのはごりごりのBLです。しかもキスシーンも含まれている。
読まれたら恥ずかしくて確実に死ぬ自信がある! 慌ててノートを返してもらおうと彼女を探し回りましたが見つかりません。
しかも! うかつにもノートを貸した彼女の名前すら私は聞いていなかった! 馬鹿すぎる自分に愕然としました。
こういうのを後の祭りというのでしょう。諦めて私は彼女が再び私に接触してくることを待つことにしました。
ノートを貸してから3日後、彼女は私にノートを返してくれました。
ちょっとにやにやしながら「面白かったよ」と言って。
これが、物語を読まれた最初の記憶です。正直、気が動転してしまって彼女の名前を確かめることをまたもしなかったので、それっきり彼女と話をすることもありませんでした。ですが、この事件は私に思わぬ変化を与えてくれました。
どうせ誰かに読まれるならちゃんと本になって読まれたい、そんな思いを私の中に生み出してくれたのです。
本に、したい
そこから私は「本にする」を目標に小説を出版社のコンテストに出すようになりました。
――結果は惨敗。
壁は高く、何度挑戦しても私の小説が本になることはありませんでした。
それでも私は細々と書き続けました。 次こそは。もしかして次は? いいや、今度こそ。 何度も何度も言い聞かせて。受賞作を読んでは自分との違いを探して、足りない場所を吸収しようとして。吸って吸って吸って。
あるとき頭の中で声が聞こえました。 それは「お前には無理だ」と言う声でした。
書いても書いても追いつけない。足りないものを吸っても私は受賞している作家さんのようになれない。
それどころか吸い過ぎた才能は私に私自身を見えなくさせました。 私の個性って? 私の物語ってどんなものだっけ?
そこから何年も書けなくなりました。小説を読むと辛くなってしまう。
monogatary.comとの出会い
そんな気持ちすらあって読書もぱたりとやめました。 書く意味も見つけられず、無理やり書いてみても面白いものなんて当然書けず、このまま一生書くこともなく終わるのかも、そう思っていたころ。 あるコンテストに出会いました。
朝のテレビ番組、めざましテレビのテーマソングを人気ユニットYOASOBIが作る、その元となる物語を募集というもの! monogatary.comにて開催されたいわゆる「おはようコン」です。
我が家は毎朝、めざましテレビを見ています。そのめざましテレビで自分の作品が曲となって流れる。私の書いた物語が元となった曲で仕事に行く家族を送り出せる。想像したら心が浮き立ちました。
ずっと書けないと思っていたけれど、書きたいが湧き上がって止まりませんでした。
だけど、倍率もアイドル発掘オーディションばりにすごかったし、当然合格は無理だろうとも思いました。
その気楽さも手伝ってか……それまでの書けない、が嘘のように私はのびのびと小説を書くことができました。
書けたことがとにかくうれしかった。 さらにもうひとつ、うれしかったことがありました。
私の物語に「拍手」をつけてくださった方がいてくれたことです。
これまで私の創作はいつだってひとりでした。ただひとつ、授業用のノートに書いた小説を見られたことを除いて。
ずっと、ひとりで書いてひとりで完結していました。けれどこの「拍手」は私に言ってくれた気がしました。
「面白かったよ」と。
ああ、私はまだ書いていいんだ。
うれしくてたまらなくて。気がついたら泣いていました。
そこから私はmonogataryで投稿を続けるようになりました。
ここの最大の特徴はお題が毎日出ることです。
このお題に沿って書くというのが、ブランクが長かった私には合っていたようで、気づけば在籍してから2年半が経っていました。
このお題に対してどうアプローチしたら面白いだろう? どんな感情を込められるのか。
お題に向き合って書くことが楽しくて仕方ありませんでした。
ただ、その2年半の間、ずっと書き続けられたかというと実はそうでもなく、筆を折ろうと思ったことも何度かあります。
たとえば、読者が求める物語を自分が書けていないと感じたとき。
求められていないのに書くことに何の意味があるのか。
いらないよね、自分、と退会ボタンを押そうと思うことがありました。
けれど困ったことに、ここで書いている間に私には「書きたい」がすっかり染みついてしまっていたのです。
求められていなくても書きたい。思った通りに書きたい。 でも読者が求める物語はきっとこれじゃない。
monogatary.comでの出会い
悩みまくっていた私にここで出会ったある方が言ってくれた言葉。
それが私を救ってくれました。
「誰かが読まなくても私は読む」。
私にとってずっと創作はひとりのものでした。
ひとりで書き、ひとりで終わるもの。
それが私にとっての「物語を書く」ということでした。
でもmonogatary.comに投稿するようになってそれは変わりました。 ひとりではなく、 私と読んでくれる誰かとのふたりのものになっていました。
拍手をしてくれる方が何人だろうと、コメントをくださる方が何人だろうと。
読んでくれているそのときに、物語に向き合ってくれているたったひとりがいてくれる幸せ。
その方の言葉は、私にそのことを教えてくれました。
正直に言って今でも本を出す、という目標は消せません。
だからそのために頑張らなければとも思っています。monogataryで活動することはその目標から遠ざかってしまうことになっているのではないか、と思うこともあります。
書籍化だけを目標にするなら出版社が開催している文学賞に応募するのが一番近道だと思うからです。
それでも、私はまだ投稿を続けています。
この画面の向こうに私の物語に向き合ってくれる「ひとり」がいてくれるかもしれない、と思うから。
そして、ふたり、であることを教えてくれたこの場所がやっぱり好きだな、と思うから。
だから。
物語を挟んで私を見つめてくれる「ひとり」と出会うために私は、これからも投稿ボタンを押そう、そんな風に思う、今日この頃です。
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